地域と企業をつなぐ やさしい草取りサービス

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せみの声がうるさい。まるで、耳の横で鳴いているかのようだ。
私は、携帯電話で今の時刻を確認した。14時01分。
照りつける日差しも容赦無い強さだが、この時間になると少し柔らかな印象になる。もっとも、だからといって暑くないわけではないのだが。

「ありがとうございました。」

依頼のあった個人宅での草取りを終え、草取りに使った道具などを一通りコンテナ箱の中に片付けたところで、障がい者施設のみんなは横一列に並び、今日草取りの仕事を依頼してくれた野口さんに向かって、笑顔で終了の挨拶をする。今日は6人。皆、実に誇らしげに並んでいる。経験を積んだ事による自信が湧いてきているのだろう。野口さんもそれを笑顔で返している。

彼らは耳が聞こえにくい。もしくは完全に聞こえなかったり、聴覚障がい以外の障がいを重複していたりする。だから、草取り事業を始めた当初はまったく何をして良いか分からない様子だったが、今では率先して作業に取り掛かり、自主的に作業員同士でコミュニケーションを図り、どんどん作業を進めようという意欲を感じる事ができるのだ。

「本当にありがとうございました。」

車に乗り込む彼らを横目に、私も野口さんに向かってお礼を言う。

「いいえ、こんなに暑いのによくやって下さいました。体調を崩す方が出ないかと心配していたのですけれど、みなさん丁寧に草を取って下さって、本当に感謝しています。」

野口さんは昨年大病を患い、左半身に少しマヒが残ってしまった。以来、今まで自分でしていた庭の草取りを、ほとんどする事ができなくなってしまったのだ。

「また、いつでも言って下さい。スケジュールを調整してお伺いしますので。」

私は野口さんに告げて、施設のみんなを振り返る。
車に乗り込んだみんなは、まさに出発しようとしているところだった。

「ありがとうございました、それではまた。」

施設の職員さんが窓を開け、私に挨拶をしてくる。

「はい、また連絡しますね。」

私はそう言って出発する車を見送ったあと、照りつける日差しを避けるように木陰を選びながら、少し離れた所にある駐車場へと向かいつつ、ようやくこの事業に手応えを感じていた。
障がい者施設と連携し、企業・個人宅・寺院などにある緑地や庭の草取りサービスを春にスタートしてから、この2ヶ月半で試験導入も含め、10件ほどの仕事をする事ができた。
事業の立ち上りとしては、まずまずなのだろう。しかし、私が専務取締役をつとめる舩越造園と障がい者施設が連携した草取りサービスを、実際の事業としてここまで漕ぎつけるのには、多くの葛藤と苦難を乗り越えなければならなかったのだ。

・ ・ ・

有限会社舩越造園は、浜松市北区にある造園業者で、創業から50年になる。
主な仕事は、各家庭の庭木や周辺企業の緑地手入れ、区で管轄する小さな公園や道路の植物維持管理で、とにかく現地へ車で移動して作業するという仕事の性質上、非常に限られた地域での仕事が多い。
ゆえに、創業以来50年間、地域に育ててもらったといっても過言ではない。
その事は社長を含め、変わらず経営者の心の中にあり、私も地域の行事には積極的に参加することで、地域との連帯感を強めている。

――地域に育ててもらったのだから、地域のためにできる事をする――

私は、そんな思いで造園業という事業活動に、そして地元の地域活動にまい進し、「それで充分だ」と思っていた。
しかし、そんな私に現実を突きつけるような出来事が起こったのは、いよいよ寒くなってきた去年の11月の事だった―――

「こんにちは。」

良く晴れた日だった。引戸になっている舩越造園の玄関ドアを開けるキィという軽い音と共に、男性の声が聞こえた。

「はい、どちらさまですか?」

私は、玄関からは壁で見えなくなっている会社のPCコーナーから顔を出し、玄関を見た。
そこには、黒系のスーツに身を包んだ中年男性が立っていた。

「どういったご用件でしょうか?」

そう聞きながら、私は玄関先まで移動し、私は彼の落ち着いていながらも柔和な表情を見た。

「授産所連合の川上と申します。障がい者の方々が作ったクッキーなんかを置いてくださる店舗や使って下さる企業を探しているのです。」

「あぁ、授産所さん。せっけんとかボカシならウチで取り扱っていますよ。」

舩越造園の周囲には福祉施設が多数存在しており、せっけんやボカシ(生ゴミに混ぜて肥料にするもの)などを手作りして販売委託をしている施設もある。

「クッキーとかの食品は、衛生上置くわけに行かないけど、今置いている物ではボカシなんか人気ですよ、品切れしちゃう事もよくありますし。」

「そうですか、上手く行っている所もあるのですね。」

若干寂しそうな表情で、授産所連合の川上さんは笑った。

「やはりこんな時代ですから、みなさん相当苦しいのですか?」

私は思わず聞いていた。
すると、川上さんは堰を切ったように、障がい者の労働問題について話し始めた。
障がい者の労働問題。それは、一言で言えば仕事が無い、という事だった。障がい者の方が朝、自宅から施設へ集まっても、むなしく空き缶を潰して1日を過ごす。たまに仕事があっても続かず、小さな内職の仕事がいくつかあるだけ。
障がい者白書によれば、授産所で働く知的障がい者の1ヶ月の平均賃金は1万2千円になってしまったようだ。
そんな絶望的な状況の中、黙々とそして細々と仕事をしているのだ。

「雇用の予定なんて……ありませんよね?」

遠慮がちに川上さんは聞いてきた。私は、力無く頷くしかなかった。
最悪の市場環境は、舩越造園にとっても危機的状況を作り出していた。
今まで舩越造園はどこよりも早く庭木管理の機械化を推し進めてきた。下請に依頼するのではなく、会社の社員である職人がチームワークを活かし、役割分担をして効率良く仕事を進めることができる自信がある。
しかし、仕事は少ない。それは、今の状況ではどうしようもない事であると同時に、こうして余分な時間を取られていては、自社の死活問題にもなりかねないという暗い気持ちも湧いてくる。

「ウチもなかなか厳しいから……」

それ以上言葉にできず、私はクッキーなどの写真が載った授産製品のパンフレットを受け取った。

「もし何かありましたらご連絡下さい。」

川上さんはそう言うと、事務所を後に寒い外へと出て行った。授産所製品を取り扱ってくれそうな、次の事業所へ向かうのであろう。
その日以来、私の心の中に、何かが引っ掛かったままになっていた。

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